地域志向とはなにか —自覚的コミットメントから見た地域志向—【2】

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人文社会科学部 社会経営課程 地域行動コース 白石壮一郎先生に聞く

白石壮一郎

白石 壮一郎

弘前大学 人文社会科学部 社会経営課程 講師

専 門 社会学、地域研究、人類学
研究テーマ 場所と共同性/公共性、移動と人生、
ルーラル・ツーリズム
授 業 社会学A、社会行動論Aなど

地域志向(愛着・コミットメント)【ルーブリックより】

  • 多角的な地域理解に基づき、自覚的に地域に根を下ろして活動している

3.成熟社会の市民像—自覚的コミットメントの汎用性—

———ここまでの話を伺っていると、自覚的コミットメントという発想は、地域との関わり方の問題に限定されない、より汎用性の高い態度に思えます。

白石:それはその通りで、例えばグローバルマインドとも深く結びついています。自分と違う考え方の人間と出会うときには、自覚的コミットメントの「一歩引いた眼を持ちつつ、深く関わっていく」態度が有効です。

———例えば、自分と考え方の異なる人間がたくさんいる職場なんかに就職した時にも有効に思えます。

白石:そういうこともあるでしょう。ただし、より一般的に言えば,自覚的コミットメントは、成熟社会の市民に求められる態度であるということです。成熟社会は、個人の出世や国家の経済的繁栄などはある程度達成され、これ以上の伸び代がなくなったような社会です。

 一般に、社会は共有できるようなポジティブな価値を共有しているとまとまりが強くなる。たとえば成長や進化という価値のもと、高度経済成長期と言われていた時代に共有された「経済成長」というスローガンなどがその例です。ところが「右肩上がりの拡大路線」を取り得ない現在では、残存する拡大路線の価値のもとに「少子高齢化」「人口減少」など、「問題」系の標語による現状打開ばかりが唱えられます。「問題」への中長期的な対応はむろん必要ですが、人口が小規模化するなら、小規模社会のなかで共有できる価値をさがし、見いだすべきなのです。そうして社会の構成メンバーが共有できるような価値を探していくのが成熟社会であるとも言えます。

 一方で多様性にたいする態度も重要になります。いまや誰もが共有できるような目標はない。となると当然、人々の考え方も多様になります。その結果、自分と考え方の違う人間と共に生きていくための作法を学び、そのうえでともに社会参加していく態度が求められます。この時、自覚的コミットメントの考え方はきわめて重要になるのではないでしょうか。

———確かに成熟社会において、自覚的コミットメントの考え方は非常に重要になるように思えます。その一方で「簡単に身につけることができるようなものでもないな」と萎縮してしまう気持ちもあります。

shiraishi004白石:確かに簡単なことではないかもしれません。もちろん、私は完璧にできてます、という話でもないですからね!(笑)しかし,自覚的コミットメントを体現する一つ一つの行動は、特に難しいものではありません。例えば、人文学部のある卒業生は、私から見てこの自覚的コミットメントに優れていましたが、彼女のなすことひとつひとつをとってみれば、なにか特別な知識やスキルがなければできないこと、というわけではありませんでした。しかし、地域行事などの「現場」での彼女の動きを見ていると、地域社会の人の話をじっくりとよく聴く、周りの出方を見て自分にその場でできること、求められているかもしれないことを見極めながら動いていることがわかります。あくまで総合力なのであり、要点は複数の相手のニーズを想像して、全体の関係のなかのひとりとしてどう動くかという見極めなのです。

 初めてであった地域の方々と腰を据えてじっくり話すことはそれほど簡単ではない。そんななか彼女は、行事を取り仕切る人物や行事を裏から支える人たちといったキーパーソンに対する配慮も優れていた。たとえば、私や2~3人の学生が行事を表に立って取り仕切る方々の輪に入ってお話ししているときには、自分はちゃんと別の裏方さんのほうにほかの学生と行き輪を作って話す、などがその一例です。一人ひとりを大事にしつつ、全体の動きにも目配せができていました。

———何が彼女の自覚的コミットメントを支えていたと思いますか。

白石:やはり、何か特別なスキルではないでしょう。注意深い観察や行間を読む理解、思いやりや想像力といったものです。これらの行動や態度は、自分以外の他者と関わるときに、ついつい忘れてしまいがちだけど、実は大事なことです。一つひとつは小さくても,それを積み重ねていくと、全体として、自覚的コミットメントという成熟社会の市民像が立ち現れることになります。

 しかしこれは彼女がこれまでに培ってきた資質、というだけでもないでしょう。私が出した例は彼女が4年生のときのもの。それまで2年生と3年生のときに社会調査実習を経験していますし、また彼女は独自に卒論調査もおこなっていました。つまり、場数を踏むことで身につけた技とかスキルの部分は大きいでしょう。

 地域社会の現場にお邪魔する社会調査実習の時間は、学生たちの動きがよくみえるので、私にとって勉強になります。もしかしたら一部の学生たちは、積極的行動をつねに起こす「ノリのいい」人が終始実力を発揮する場だと思っているかもしれません。でもちがいます。実習の期間を通して各人各様の関わりを見いだせるかどうかが問われる場なのです。

shiraishi005 「ノリのいい」人もいればいいですが、そういう人ばかりでは調査実習のグループワークは回りません。それに、たんに「ノリのいい」人にみえる彼や彼女も、周りを見ていろいろな判断をしたうえでそのようにふるまっています。地域にお邪魔した最初のうちは、誰もが自分の言動が「場違い」になることを注意します。そこをあえて、先頭に立ってブレイクしていく姿勢は、評価に値します。半年や1年のうちに、それなりに地域の人との関係ができてくると、ふるまい方が分かり、変わってくる。いつまでも最初のノリのままならば、周りが見えていない、自分に注目を集めたいだけのお調子者ですけど。

 逆に相手の意見を尊重する思いが強すぎて、自分から話を始められない学生も多い。この自分の「待ち」の姿勢をいつ解除するか、実はそのきっかけはいろいろあります。現場では、われわれ教員はできるだけ口を出しません。彼や彼女の周りの人や状況がきっかけをくれます。お祭りの手伝い、農作業の手伝いなどはその分かりやすい例です。また、おなじ実習の履修者どうしが、現場できっかけを与えてくれることも多い。先輩のやり方をみてなるほどと思って見習うこともできる。ノリのいい2年生のふるまいのおかげで全体に打ち解けた雰囲気ができ、動きやすくなることもある。大事なのは、なんらかの理想的ゴールやモデルを目指して「彼/彼女のようになろう、できなければ」と発想するのではなく「彼/彼女はああしている、では私はどうしようか」、といったん考えて自分の周りをみることです。

 地域のニーズなど、わかりやすい標語になっているはずがありません。「ニーズはなんですか?」と直接聞いて分かるという話でもありません。参加しながらの観察と対話の蓄積。地域の方たちとの対話や、地域の方々のやりとりの行間を読んでいくことで、身をもって分かっていくこと。そしていったん一歩引いて、見えてきたことを整理してみること。地域における自分の視点を、ほかの履修者の視点とのちがいもふくめて分かること。こうしたところまで達成できれば、それぞれの自覚的コミットメントまであと一歩です。

———それでは、注意深い観察や行間を読む理解は、どうやって練習していけば良いでしょうか。COC推進室としては、「地域学ゼミナール」は、現実の地域課題を題材として学生たちにその解決に向けて何が必要なのか等を考えさせる授業となっていますので、「地域学ゼミナール」の場で学生に自覚的コミットメントを身につけて欲しいと思っていますが、白石先生のご所属の人文学部社会行動コースではどのような取り組みがなされていますか。

白石:人文社会科学部では地域行動コースの授業、特に実習では、自覚的コミットメントの涵養を一つの目標としています。弘前大学の学生には、地域社会を尊重する態度を持った学生は多いのですが、そこからもう一歩踏み出すきっかけをつかみあぐねている学生がけっこういるように感じています。ですから、実習は地域社会へと一歩踏み出すチャンスです。学生たちには、これまでに学んできた社会学的な知識や発想を現場で活用できるように、そしてその中で自覚的コミットメントを涵養できるよう、期待しています。

 今日お話ししたことは、フィールドワークと呼ばれる質的社会調査の方法論を学ぶことによっても、いろいろなヒントを得ることができます。フィールドワークの背後には、異質な他者と接するときの基本が詰まっています。例えば『よくわかる質的社会調査(プロセス編)』(谷富雄・山本努著,ミネルヴァ書房,2010年)はお勧めです。

 さらに、方法論の学習と並行して推奨したいのは、質的調査を実施した先人たちのエピソードを良く読むことです。『フィールドに入る』(椎野若菜・白石壮一郎編,古今書院,2014年)は、私自身も編集に携わった質的調査のエピソード集で、教科書というより「読み物」ですが、おすすめです。

 方法論ばかりではなく、具体的なヒントがなければ自覚的コミットメントを身につけていくことはできません。自覚的コミットメントは、先ほどの学生の例が示すように、行動面でみれば一つひとつは簡単なことだからです。先人の姿から、地域の人々と関わるときに当たり前だけど大事なことを、一つでも多く学び取って欲しいと思います。

(文中敬称略)
(聞き手・編集:COC推進室 西村君平)

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