人文社会科学部 文化創生課程 木村宣美先生に聞く
木村 宣美
弘前大学 人文社会科学部 文化創生課程 教授
専 門 | 英語学 |
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研究テーマ | 英語学・言語学(統語論・意味論) 生成文法理論、英文法 |
授 業 | 英語学B、言語文化論Aなど |
文理の基礎的な教養【ルーブリックより】
- 文理を問わず、幅広い分野の基礎地域を体系的に学修している
1.総合的・複眼的な思考法
———木村先生からみて、文理の基礎的な教養を持った人材の姿はどのようにイメージされますか。例えば卒業生や院生で、具体的に思い当たる人物がいれば、そのイメージをご説明いただけますか。
木村:私のイメージとしては、「文系・理系」という知識の性質の違いはあまり重要ではないように思います。むしろ特定の課題-例えば卒業論文を書く-に対して、総合的・複眼的にアプローチできる人物像が思い浮かびます。単なる思いつきに留まらない発想を打ち出せる人とも言えるかもしれません。
たまに「文系は主観的、理系は客観的」というイメージを持っている人もいますが、これは誤解です。文理関係なく、それぞれの専門分野に固有の知識、考え方があります。この知識や考え方を鏡として、「自分のいまの思いつきって、どんなもんなんだろうか」と自分自身のアイデアや思考を捉え直してみる。例えば、その分野の専門家の意見を聞いてみてもいいし、友人とお話してみてもいい。そうした過程を通じて、自分の単なる思いつきをより広い知識の広がりの中に置き、その全体の大きな枠の中で、主観的な思いを客観的な知に置き換えていく。これが総合的・複眼的な発想ができるということです。
私が専門とする言語学は、人間が用いる言語という現象の構造や法則、基本的特性を客観的に明らかにするもので、自然科学的な発想法が欠かせない分野です。言語を扱うことから文系の一部に数えられることも多いんですが、実際にやってみると内容的には理系に近い。
このような文系とも理系ともつかない分野で優れた研究をしている人というのは、やはり総合的・複眼的な思考に優れています。まず自分なりのアイデアを出して、それを様々な知識や考え方との関係で総合的・複眼的に捉え直す。そして良いアイデアだと判断できるようならそれをもっと押し進めて、悪い部分があるようならそれを改善する。このような思考過程が重要です。
2.教養教育の教育過程 -総合的・複眼的な思考を身につける道-
———言語学に限らず、良い研究あるいはいい仕事をするためには、「文系」や「理系」と言った高校までの学問分類に固執せず、広く学んでいくことが重要であるように思えます。やはり弘前大学の一年生には広く学識を積んで欲しいと思っていらっしゃいますか。
木村:そうですね。今年度、私は「基礎ゼミナール」も担当しています。基礎ゼミでは一年生の皆さんには「これまでは正解のあるペーパーテストで得点を競うという勉強をしてきたけど、実は世の中には正解って無いよね。正解ではなくて、置かれた状況の中での最適解を探っていこう」ということをメッセージとして伝えています。
そしてこの最適解は一つには定まらないもので、状況を深く広く捉えていく中で、最適解も変わっていきます。最適解には多様な可能性があるということであり、多様な可能性に気づくことができるかどうかを分けるものの一つが文理の枠を越えた幅広い知識です。幅広い学識はとても重要です。
———「基礎ゼミナール」の主目的は、学生が自主的に学んでいく力を身につけることです。このような授業では、知識そのものは後で学ぶとして横に置いといて、知識の学び方や使い方だけを集中的に学べば良いのかなとも考えがちですが、話はそう簡単ではないようです。
木村:知識から完全に独立した形で知識の学び方や使い方を学習することは非常に困難です。知識の学び方の代表例として、論文をしっかりと読み解ける力というものを挙げて考えてみましょう。私は卒業研究を指導する時なんかに、学生に言っていることでもあるんですが、それは論文をしっかり読みこなすためには、知識量が求められるぞ、ということです。
例えば「チョムスキーは句構造の限界を指摘し、その限界を克服するために、変形という道具立てを仮定する生成文法理論を提案した」という文章が論文の中に出てくる。この文章が本当かウソかを判断するためには、チョムスキーとは誰なのか、句構造とは何か、その限界はいったいどういう限界なのかなどを頭の中で検討しながら読み進めることになります。この検討作業を怠るということは、論文に書かれていることを鵜呑みにするということであって、論文をしっかりと読み解くことにはなりません。そしてこの検討を専門知識なしで実施することは不可能です。
知識と知識を運用する力は両輪なんです。色んな本を読み,色んな考え方に触れて,色んな可能性に気づいて欲しい。幅広い知識を学ぶことで,知識を運用する力,いわゆる知性を磨くことにつながっていきます。学生にはたくさんの本を読んで欲しいと思います。(次ページへ続く)