複雑な課題にアプローチする力とはなにか 【1】|弘前大学 地域創生本部

地域特性を活かした施策
地域活性化施策の企画・立案

複雑な課題にアプローチする力とはなにか 【1】

NPO法人プラットフォームあおもり 米田大吉理事長に聞く

高島克史

米田 大吉

NPO法人プラットフォームあおもり 理事長

専 門 人材育成・採用・定着などのコンサルティング
キャリア支援プログラムの作成・開発・運営など
その他現職 経済産業省 地域人材育成コーディネーター
農林水産省 6次産業化プランナー(青森県担当)
青森市あおもり産品販売促進アドバイザー など

複雑な課題にアプローチする力(課題解決能力)【ルーブリックより】

  • 自らの知識やスキルを活かして、複雑な課題を多角的に分析できる

1.NPO法人プラットフォームあおもりの活動

———本日はNPO法人プラットフォームあおもり理事長 米田大吉さんに複雑な課題にアプローチする力についてお話いただきたいと思います。まずご自身の活動について簡単にご紹介いただけますか。

米田大吉

米田:プラットフォームあおもりは、青森県における雇用問題を主に取り扱う団体です。現代日本は、人口減少・高齢化が進み、成熟・低成長時代を迎えています。その結果、良い大学を出て、良い会社に就職すれば幸せになれるという人生観が通じる時代は終わりました。いい会社に入っても、その会社がいつか潰れるかもしれない。クビになるかも知れない。自分の働き方や生き方、いわゆる自分のキャリアプランを自分で責任をもって考えなくてはならない、そんな時代がやってきました。

 こうした問題意識から、私達は青森県をフィールドに、ひとりでも多くの青森県民が望ましい働き方ができるように、一社でも多くの企業が安定して雇用を継続しうる経営ができるように「継続的な雇用を実現するための企業経営支援」「人財を育成し定着させるナレッジの共有」「働く人の自立を支えるキャリア支援」を一体的に推し進めています。

———NPO代表以前のご経歴についても簡単にご紹介いただけますか。

米田:出身は青森市で、実家は商売をしていました。高校は青森高校、大学は慶応義塾大学です。その後、西友(セゾングループのスーパーマーケット)に就職しました。西友への就職は、実家が商売をしていたことが影響しています。私は売り場勤務になるものだと思っていたのですが、なぜか人事部に配属されました。そこで人事制度・能力評価制度・職能別賃金体系等の設計、人事情報のシステム管理等を担当した後、地元にUターンしてきました。

 地元に帰ってからは色々な仕事をやりましたが、その中の一つとして、ジョブカフェ(若者の能力向上及び就業促進を進めるサービス)で若者と企業とのネットワーク構築事業を担当しました。その時に、ジョブカフェ等に対する国の補助金が、県外の企業に外注されている現実を見ました。その理由は簡単で、単に青森県にジョブカフェ等の運営主体になりうる組織がなかったからです。「だったら自分でつくってやる!」と一念発起して、プラットフォームあおもりを立ち上げ、今に至ります。

———米田さんは、現在「青森地域COC推進協議会」の委員として、本学がすすめる「青森ブランドの価値を創る地域人財の育成」にご協力いただいています。昨年度までは、人文学部の特任教授もおつとめでした。地域課題の解決に向けて取り組んで来られた経験を中心に、本学での教育経験なども交えて、今日は「複雑な課題にアプローチする力」とは何か、お話を聞かせていただきたいと思います。

2.複雑な課題とは何か

———そもそも複雑な課題とはどういった課題でしょうか。

米田:「何が課題なのかが、すぐにはわからない」という特徴があります。先ほどご紹介にあった通り、私は人文学部の特任教授を務めていた時期があります。その時は、森樹男先生(人文学部教授)がリーダーをつとめておられた「産業界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」のメンバーでした。この事業は地域企業と連携した課題解決型学修の促進に取り組むもので、その目玉はビジネスシミュレーションという授業です。この授業では、地域企業と連携して、共にビジネスのPDCAサイクルを体験します。いわば、学生を仕事の「現場」につれだして、そこで本物の課題に取り組ませようというものですが、この現場の課題というものには正解がありません。

米田大吉

 例えば、この授業である企業から「青森のベイエリアで観光客も市民も利用できる傘シェア(貸し傘)事業の構築について」考えていきたいと課題の提案がありました。するとすぐに学生は「どうすれば貸し傘事業が成功するか」という解決策の策定に目を向けようとしていました。しかし、本来のアプローチは、「そもそもなぜ貸し傘をこの企業は求めているのか」を問わなければならないと私は思います。もちろんただ単に観光客や市民に傘を貸したいわけではありません。傘を共有することで、お客様や市民にベイエリアで快適に過ごしてもらいたいわけですし、滞留時間を伸ばしたいわけです。もっと深く考えれば、傘を共有することでベイエリアに共同性をもたらしたいのかも知れない。安易な結論に飛びつかずに、まず何が課題なのかを、きちんと探求しなければ、よりよい答えにたどり着けない。それが複雑な課題の最大の特徴です。

———しばしば「現実の問題には正解がない」と言われますが、米田さんの話を聞いていると、「なぜ正解がないのか」がよく分かります。つまり「課題設定が多様であり得るので、正解もまた多様となる」ということです。

米田:仮に課題が定まったとしても、その課題に対する解もまた多様です。「答えが何かよくわからない」という特徴です。この特徴がもっとも端的に現れるのが政治的な課題です。考え方の異なる多様な人間が共に生活していく社会で発生する様々な課題を解決する手法が政治だと思います。国会や行政だけの話ではありませんから、学生のみなさんにも、もっと自分のこととして考えていただきたいと思います。

 身近な例でいえば、商品開発の場面で、ある見方からすると優れた商品も、別の見方からすれば全く魅力のないダメな商品に見えたりもする。まさに正解が無いわけです。ここに複雑な課題にアプローチできるかどうかの一つの試金石があります。すなわち、自分と考え方の異なる人間を納得させることができるか、つまり正解ではなく納得解を共有することができるかどうかです。

 現実の問題では、全員が完全に納得するということはありえません。事業が終了した時に、完全にすっきりすることなんて無いわけです。それを理解したうえで、それでもなお、より良い商品の開発に向けて全力をあげる。その成果を様々な立場の人間に対して説得的に提示する。完全なる説得が出来なかったとしても諦めずにまた前に進む。この過程で少しずつ納得してくれる共感者を増やしていかなければならない。これが複雑な課題にアプローチする難しさであり、やりがいでもあります。

3.自信を築き上げる

———課題が何かわからない。しかも答えが何かもわからない。更に、一応の答えが出たとしても、常にどこかに「未完」の部分が残る。複雑な課題にアプローチするためには、かなり精神的な強さが求められそうです。

米田:課題にじっくりと取り組むには、ひとりひとりの自信が必要になります。自分以外の誰か、例えば教員や上司が明確な課題を与えてくれるような状況を想定してください。この時、課題設定の責任は教員・上司にあります。課題が間違っていればその時は教員や上司が責められることになる。
 しかしこんな状況、現実では、ほぼありえません。教員や上司の指示の背景に想像力を及ばせ、本当の課題とは何かを自分なりに考える必要がある。指示の表層だけを理解してそれに従っているようでは、いわゆる「やれと言われたことしか、やらない奴」と評価され、仕事ができないやつだと思われることになります。そうなりたくないのであれば、自分自身の力で課題を探る必要がある。この自分の力が問われる局面から逃げないためには、自分のこれまでの経験、実績、哲学等に自信を持たなくてはなりません。そして、社会に出てしまえば、毎日毎日、自分の力が問われる局面に出会うことになります。

———どうやって自信を形成していけば良いのでしょうか。特に大学生の間にやっておくべきこととして、どのような事が必要でしょうか。

米田:自分と考えの異なる異質な他者との出会いが重要です。自分とは違った考え方や経験に触れることで、自分の経験や実績、哲学を見直す機会が得られます。出会いの形は何でも良いです。バイトでも良いしサークルでも良い。とにかく今までの自分とは異なる考え方を持った人間と出会ったら,その人から何でも良いから学び取って欲しいと思います。その人独自のモノの見方、感性、行動パターン、なんでも良いです。その経験が、学生のみなさんの中で、時間をかけてみなさんだけの自信に熟成していきます。

———現代社会では、「異質な他者との共存」という話が良く聞かれますね。

米田大吉

米田:異質な他者との共存は非常に大事です。ただし、私個人は、共存それ自体については特に重視していません。仲良しになれと言っているわけではありませんし、もちろん喧嘩しろと言っているわけではない。異質な他者との出会いを学びのチャンスだと考えて欲しいと願っています。

 そうやって多種多様な人間との出会いを通して、自分自身の価値や能力を磨き上げていって欲しいです。そうやって「もまれていく」うちに、複雑な課題にアプローチする力が身についていくでしょう。

 冒頭でも言いましたが、複雑な課題では、課題が何かはっきりしませんし、解決が何かもはっきりしません。そのため複雑な課題にアプローチする力を身につけるためのマニュアルもありません。ここでも自分で試行錯誤する他ありません。

———例えばどんな学びが必要なんでしょうか。

米田:当たり前ですが様々な学問を体得していることも大事ですし、色んな本を読んで欲しいです。今のおすすめとしては,『現代語訳 学問のすすめ』(福澤諭吉)、『暗闇から世界が変わる~ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦』なんかが読みやすいと思います。時代の変化と言う大きな制約の下、複雑な課題解決に取り組もうとした考え方や、違う立場や価値観を認める多様性をもつ社会の実現に取り組んでいる人の実例が書かれていて参考になります。

 他にも、他人に共感できることも大事です。一人の能力で全てを解決することはできないわけですから、チームワークが非常に重要だからです。様々な考え方の人間をつなぎ、情報を共有し、アイデアを共有していかなければ、課題解決の道筋は見えてきません。

 これらの能力を身につけるためには、学生のうちにとにかく独りよがりな殻を作らずに、外の世界に飛び出して行って、色んな人と出会い、色んな経験を積んで欲しいと思います。

次ページへ続く)

→次ページ 複雑な課題にアプローチする力とはなにか【2】

地域課題に関する相談・お問い合わせ

地域創生本部は、産金学官民連携や地域連携の総合窓口として、地域課題に関するご相談・協働のご提案を承っております。

弘前大学 弘前大学COI拠点 弘前大学 ボランティアセンター HUVC 大学コンソーシアム 学都ひろさき 弘前大学地域創生本部 X公式アカウント